言うまでもなく、Tさんが経験してきた‘暮らし’や‘空間’を単純に再現しても、今のTさんにとって良い家にはなりません。Tさんの経験を拠り所として、共感できるところを新たなデザインに昇華します。そうして‘今までよりも気持ちよく住める家’の実現を図るわけです。
Tさんにとって‘暗さ’は良い家の条件です。内部空間をデザインするにあたっては、どのような‘暗さ’かを想い描く事が大切になります。Tさんの語り口は「陰を感じる‘仄暗い’空間」といったものでした。とても感覚的ですが、そのように陰に重きを置くよりも「光を感じる‘薄明るい’空間」として‘暗さ’をデザインするほうが、より居心地が良くなるように私には思えました。やわらかい光がうっすらと内部空間を浮かび上がらせる様は‘静かな空間’に似つかわしくもあります。それは日本建築における光のあり方の一つであるようにも思います。私は、具体的なデザインを通して、Tさんにその旨をお伝えしました。
リビング・ダイニングの漆喰壁にひろがる光
リビング・ダイニングの漆喰壁に射す光
「印象的に光を感じられる内部空間とするには、自然光を反射する‘まとまった大きさの壁’があると良い」と思うことがあります。そして、その壁にどうやって自然光を反射させるのかによって、印象が決まるようにも思います。
全ての部屋において、その空間の広がりに見合った‘まとまった大きさの壁’を設けるように心がけました。そこに自然光を反射させています。特にリビング・ダイニングには、しっかりと‘まとまった大きさの壁’を設けました。この壁に自然光を入れる開口部として、玄関の‘障子’を当てています。‘障子’越しの自然光が漆喰壁に反射するさまは、どこか粛然とした様子です。
リビング・ダイニングに開放感や明るさが欲しい時には、この‘障子’を開けます。玄関の‘格子戸’と‘障子’との間は80cmほどになります。‘格子戸’から道路までは1mほどです。‘障子’を引ききって開け放つと、リビング・ダイニングが行き成り道路とつながる印象となるように思いました。道路に人通りが無いとは言え、これではあまり雰囲気が良くありません。この問題を解決するために‘障子’は‘猫間障子’にしました。‘猫間障子’の固定された上半分が、道路からの視線を遮ります。開閉する下半分は、外への視線と外からの光を調節します。
こういった視線や光の調節の仕方もまた、日本建築らしさのある一面のように思います。
福島